昼下がり

昼下がりにまったりコーヒーブレイク。

 窓辺の景色の中を、人の往来が穏やかに波打つ。
 音喜多まわるは、この窓枠に収められた自分の世界が、外の世界とは隔絶したもののように感じられた。時間の流れの緩慢さに心を委ねていると、自身の目的とか大事にしなきゃいけないはずの何かが、今手元でぐるぐるとかき回しているウインナーコーヒーのクリームと一緒に溶けて、曖昧になっていくような気がしてしまう。

 いけないとわかっているのに。

「ナポリタンくださーい」

 まわるの食欲は止まるどころか、ここに来て更に増した。少しばかり、周囲の視線に感嘆の念が乗るのを感じ取ると、まわるはそこでようやく、己を少しばかり省みた。視線を落とすと、完全に珈琲と生クリームの溶け切った己の飲み物が慰めのように置いてあって、それをぐっと飲み干した。少し冷めていた。けど甘いので最高だった。
 まわるは窓の反射に映る自身の姿を改めてまじまじと眺めた。ココアベージュの癖毛を黒いリボンで結んでいる、どこの学校のものかわからない制服に身を包んだ女子高生の姿。この癖毛がなかなか厄介で、朝の支度はまずこの髪の機嫌を何とかたしなめるところから始まったものだが、今の姿はなかなか小綺麗にまとまっているのではないだろうか。
 ふんすと、鼻息を鳴らす。
 先程まで自身のあり方に少し懐疑を抱いていたまわるだが、1日くらいこういう日があってもよいではないかと思い直した。だって、自分は女子高生なのだ。なんの保証もないが、自分の格好はどこからどう見ても女子高生であるから仕方がない。学生なら、漠然とした将来を憂いながら、こうして喫茶店に入り浸ることもあるのではないだろうか。ある種の開き直りに近い感覚で自己を肯定する。
 そして何より、まわるは自身のオシャレの仕上がりを結構気に入っていた。朝の奮闘のお陰でバッチリ整った髪、薄めのほんのりメイク。制服のリボンタイは歪みなくピンとしている。そういった身なりの整え方は身体が覚えているようで、それがまわるにかつての自分の残滓のように感じられて、何となく心が暖かくなった。
 そうして少し得意になって、窓に向かってによによと決めポーズを取っていると、やがてふわりと香ばしい香りがまわるの元に届くのに気づく。バッと振り返ると、キッチリと整った身なりに可愛らしいデザインのエプロンに身を包んだ、初老の紳士が優しい顔でナポリタンをそっとテーブルに置いてくれた。
「どうぞ、ごゆっくり」
 一連の不審な挙動をバッチリ見られたということが如実にわかる、生優しい視線に耐えきれず、まわるは俯く。か細い声でどうもというと、そのまま顔を上げずにナポリタンを震えるフォークでかろうじて一本ひとつまみし、ちゅるちゅるとすする。
 若干お行儀が悪いのは許して欲しい。だってまわるはまだ学生なのだから。
 真っ白な将来を憂うひとりの少女の、ささやかな昼下がりは、そうして緩やかに過ぎていくのであった。

シナリオ:yuu
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