いつもの休日
休日は何をして過ごしてますか?
音喜多まわるは早寝早起きだ。のんびりやさんの彼女だが、生活リズムは意外にも規則正しい。朝8時きっちりにベットから起きて、軽く伸びをしてベッドから足を下ろす。お気に入りの空色のスリッパで階段を降りていくと、バターのこんがり焼けた匂いに吸い寄せられる。
誰かが作ってくれただろう、目玉焼きとトーストにサラダが食卓に上っている。疑問は少しもなく、それが自然なことのようにまわるは手を合わせ、頂きますを唱えた。
さくりと、あつあつの一切れを頬張る。バターの塩味とコクが広がって、まわるは幸せな気持ちになる。そうして出来たての朝食に舌鼓を打ちながら、まわるはこれまでの経緯を思い返す。知らない街、じわじわと湧いてくる不安、それでも新しい冒険に奮い立つ心。あの時に見た記憶の欠片は今も心に強く刻まれている。自分が何者かであることの証なのだ。
まわるはリビングの奥のキッチンに視線を向けた。今まわるが食べている朝食を用意した人はそこにはいない。洗い場の水切りラックに干されている、濡れたフライパンや菜箸が、そこに確かに生活の痕跡を残していた。
朝食を食べ終えて、そのキッチンで食器を洗う。蛇口から流れるシャワーの冷たさがなぜか心地よい。わしゃわしゃとスポンジに含んだ洗剤を膨らませて、汚れた食器をこする。何気ない生活の営みだが、まわるの記憶には今ひとつ馴染みがない。それなのになんとなくできてしまうのは、ここでその朝食を用意してくれた誰かがいたからだろうか。そこまで考えて、ふと気づく。
そもそも、ここまで当たり前のように過ごしているが、この家はまわるの家なのだろうか。まわるが今こうして着ている黄色の水玉パジャマは、お気に入りの空色スリッパは、まわるのものだっただろうか。
……ここに確かに居たはずの誰かなら、その答えを持っているのだろうか。
探そう。まわるはそう思い立つと、いそいそと出かける支度をするのであった。
*
まわるは元々着ていた制服に袖を通し、身なりを整えると、勇気を持って外に繰り出した。覚えのない道をあらぬ方向へずんずんと歩いていく。自信はあった。心が音を感じる方に進めば良いのだ。それは一般的には勘と呼ばれるものに相違ないが、まわるにとっては明確な根拠になり得た。
不意に、ほんのりと。珈琲の豊かな芳香がまわるの鼻腔をくすぐった。すると、それまでの勇み足がどこへやら。まわるの足取りはふらふらと、砕けた珈琲豆の導く先に向かっていく。
そうして進んでいくと、まわるはお洒落な喫茶店にたどり着いた。店頭のショーケースをかじりつきで覗く。色とりどりのフルーツタルトや生クリームでドレスアップしたショートケーキが宝石箱のようにライトアップされていた。テイクアウトもできるようだ。うきうきした心で喫茶店のドアノブを引く。外気と店内を隔てる境界がなくなり、まわるの全身を珈琲と甘味のマリアージュした香気が支配する。いてもたっても居られずに窓際の席に向かって飛び込むと、心に決めた言葉を叫ぶ。
「シャインマスカットのフルーツタルトと木苺のふわふわショートケーキとあとカフェラテください!」
心が感じる音を手がかりに進んでいたら、いつのまにか美味しそうな香りにすり替わっていた。
記憶の欠片は見つからなかったけど、まわるの心は幸せで満たされていた。まわるはのんびりやさんなので、今日のような日は休日として過ごすことに決めたようだ。窓辺から眺める穏やかな景色を眺めながら、注文した甘味を珈琲片手に一口。心が豊かになっていく。
一方で、帰りのテイクアウトで持ち帰るケーキを頭の中で吟味することも忘れないまわるちゃんなのであった。
シナリオ:yuu
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