time to think
少し考える時間をください。。。
この曲は、リピートするだけでループ再生することができます。
茜色の空に照らされた雲が、まわるにはマンゴーシロップのわたあめに見える。みかん味でもいいとも思った。
おもむろにその雲を掴んでかじってみるが、霞のように消えてしまう。どうやら普通の雲だったようだ。まわるは悲しげに頭上を見上げた。先ほどまで頭上にあったピンクのわたあめ雲は、残らず食べ尽くしてしまったので、そこには雲ひとつない夕焼け空だけが広がっている。そこまで甘いものをガツガツと食べるものなら、当然喉も渇くだろうが、雨雲らしき雲を掴んで絞ると水が出てくるので、幸いにも飲み物には困らなかった。雲の質感の統一性のなさとか、食べた物の衛生的な問題とか、色々と考えたことがよさそうなことは山のようにあるが、今のまわるの頭の中にぼんやりと浮かぶ疑問は食に関することではなかった。
ここがどこで、自分はどこに行くのか。
こめかみをぐにぐにとつまんで、持っていない答えに思考を巡らせる。
まず、この世界は純粋な夢というわけではないように感じた。
草原を吹き抜ける涼風の心地よさも、なくした自分の記憶の断片を掴みかけたあの星間飛行の旅で、光線に撃ち抜かれた瞬間の痛みも、空腹を満たす不思議なわたぐもも。それら全てがまわるの五感に明確に刺激を伝えていた。ここまでの冒険はまわるにとって、既にかけがえのない思い出になっている。夢は寝起きには忘れてしまうのが常だが、このドキドキはまわるには当面忘れられなさそうだと思えた。
そもそも、夢と現実にどれほどの違いがあるだろう。見知らぬ町に降り立って自己を自認した瞬間からここまでの経験が、過去の記憶を忘れてしまったまわるの全てだ。だがその全てが夢なのだと誰かに言われたとしたら、まわるはきっと納得してしまうだろう。
ここまでの全てが夢だとしたら。夢から醒めたまわるにはきっと記憶の欠落なんてなくて、これまでの出来事なんて取るに足らない出来事として忘れていくだろう。夢とはそういう物だ。
あるいは今が現実だとして、思い出そうと探している記憶の欠片のひとつひとつが、まわるが忘れてしまった夢の中での出来事だったのかもしれない。だとしたらまわるの過去はどうすれば見つかるのだろうか。そもそも過去なんてないのかもしれない。まわるの全ては見知らぬ町で過ごしたあの一日とこの現実味のない冒険だけなのかもしれない。
「……やーめたっ」
投げやりに呟くと、まわるは眼を閉じて寝転んだ。思考の渦に浸りすぎると、自己が揺らいで、まわるがまわるでなくなるように感じられた。浮かび上がって息をしなければ、きっと溺れてしまう。まわるは不安定な心を落ち着かせようと深呼吸をする。吸って、吐いて。心音のリズムに心を委ねる。波打つ音に耳を傾けると、次第に心が穏やかになる。音をずっと手がかりにしてきた。今体の中で鳴っているこの音が、自分が今この瞬間を生きているような気がして、まわるのざわめき立つ心を落ち着かせてくれる。
そうして、まわるは心を落ち着かせてからゆっくりと起き上がって大きな瞳を開く。
すると、先ほどまで雲一つなかった空は夜の帷に包まれて、まん丸の月が黄金を宿してそこに佇んでいるのだった。
シナリオ:yuu
https://x.com/chiru_yt