SPICA

おとめ座で最も明るい星なんだって。

 まわるの身体は宙へと向かう。「音」を感じるままに、まわるの意思に呼応するように、ぐんぐんと高度を増していく。寒さとか、重力とか、地球の大気構造だとか、まわるを大地に縛りつけるための理屈はそこにはなくて、ありとあらゆる抵抗を無視して宙へと突き抜けていく。
 真っ暗闇の中をまわるはぐんぐんと進んでいく。その背を追いかけるように、暗黒に小さな光の粒子が点々と燈っていく。その灯はまわるをついに追い抜き、ついにはまわるの進む先の見渡す限りを煌々と照らして行った。
 幾億の光の粒子に呆気に取られていると、光の彼方から、まるで箒星のような光の束がこちらに向かってくるのが見えた。視認した時にはまだ遠く、小さな流線にしか見えないそれに、まわるは最初は美しいと見惚れていた。だが、密度が次第に大きくなっていくその光線がこちらに向かってきているのだと理解した時には流石のまわるも焦り出した。それまで周囲の光景のあまりに雄大な様に圧倒されていたまわるを襲う明確な危機。
 自身の体もその光線に向かって加速していく中、大慌てで手持ちの通学バッグを漁り、あれでもないこれでもないと手当たり次第に私物を放り投げる。まわるは気が動転してさっぱりわかっていないが、不思議なことにまわるを支配する慣性はまわるの私物にも適用されるようで、まわるの進む先に追随するように筆箱やら、買ってきたグミやらキャンディやらが共に宙を駆けていく。
 ふと、まわるの冷たい金属の感触がまわるの手に伝わる。ぎょっとしてそれを鞄から持ち上げる。それは幾何学模様があしらわれた、奇妙な形の銃だった。流線型が幾重に重なった銃身の先端に、なんだか可愛い大きな星がくっついている。
 ええい、ままよ! と、まわるは目前に迫ってきた光線に向かって銃口を向けて、その引き金を引いた。するとその可愛らしい大きな星から、全く可愛くない質量のレーザーが放出されて、まわるを襲う光線を引き裂いていった。拡散していく光の一房ずつを、まるでさけるチーズのようだなんて暢気な感想で見送りながら、まわるはそこでようやく一息ついた。だが、この空間の脅威はそれに留まらなかった。いくつもの光線がまわるを目掛けて飛んでくるではないか。だが、先ほどまでの焦りはどこへやら。シャキーンという擬音が似合いそうな決めポーズを取りながら、まわるはその手の銃で向かいくる脅威をさけるチーズに変えていく。どんどん楽しくなって、まわるは自分が物語のスーパーヒーローになったような振る舞いで、ついには踊りながら銃を振るった。周囲を浮いていたまわるの私物も、まわるの踊りに感化されたのか、何故か随行する戦闘機さながら、迫り来る光線を謎のレーザーで迎撃し出した。
 まわるは次第に、自分の心の奥底から「音」が溢れ出すのを感じていた。どこか遠くにあると思っていた「音」が、実は自分の中にあったのだということに気づくと、まわるの脳裏にあの日の記憶が浮かび上がって……。

 ドスンと、衝撃が走った。一瞬の油断だった。拡散したはずの光線がまわるの死角から直撃したのだ。
 手にしかけたはずの記憶が溢れていくのを感じながら、まわるは朦朧と宙を落ちていく。

 やがて、意識と共に消失した。

シナリオ:yuu
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