クレーンゲーム

アームでがっちりホールドされています><

 昼白色の光源に照らされたテディベアが宙に浮かびあがり、やがて空を舞って落ちた。まわるはその繰り返しが永遠のように感じられて、思わず絶叫した。周囲の何事かという視線にようやく我に帰ると、愛想笑いで何とか動揺を誤魔化した。溜め息がこぼれた。
 帰路に着く途中で感じた、賑やかな音に誘われるままに入ったゲームセンターで、まわるは見つけてしまったのだ。己の財布に揺れるテディベアたちが山のように積まれたUFOキャッチャーの筐体を。そこからはもう手遅れである。まずは試しにとワンプレイしてみたところ、クレーンが意外にしっかりとテディベアを持ち上げて、ゴールの落とし口にあと少しのところで引っかかったのがよくなかった。手応えを感じて通貨を1枚、2枚と入れていくうちに、筐体のレバーを握る手が嫌な汗で滲んでいくのを感じる。

「ぐぬぬ……」

 負けじと財布の小銭入れにかける手が躊躇する。すでに結構な額がこの筐体に吸い込まれている。箱庭の中で行ったり来たりを繰り返す景品の様子に、これ以上やっても手に入ることはないのではないかと思ってしまう。
 だが、まわるには引けない事情があった。

「ここで負けたら完全に無駄金だよ!」

 半泣きで筐体にしがみつく。完全にダメな思考である。一度沼に呑まれた者は目的を果たすまで、決して戻ることはできない。もうすでに泥で汚れてしまっている以上、ここで引いては完全に汚れ損である。どこにあるのか、いつ手に入るのかわからないその沼に沈む黄金を手にするまで、決して上がることはできないのである。やめようと思えばすぐ抜け出せるはずなのに。

 コインを投入する。成果は得られない。
 コインを投入する。持ち上がって前進するも、落とし口までは届かない。
 コインを投入する。落ちた衝撃でまさかの後退。まわるは絶叫する。
 コインを投入する。イージーミスで引っかからない。ここでまわるの気持ちの糸が切れた。

「うわぁーーーん!」

 筐体のガラス張りに手をついて慟哭する。周囲がどよめく。まわるの不審で不憫な様子に、もはや辺りには人だかりができていた。まわるを憐れむ声、応援する声。差はあれど、彼らはまわるの一喜一憂に共感していた。そう、ここにいるのは同じ傷を持つロクデナシたち。UFOキャッチャーという底無しの沼に汚れきった亡者たち、いわば戦友である。
 まわるはすっかり意気消沈して、UFOキャッチャーに背を向けた。心が完全に折れたのだ。
 ところが、振り返ったその瞬間、ギャラリーとの視線の交錯にまわるの心が揺れた。

 諦めるのか。
 今ここで折れたら、もう二度と立ち上がることはないだろう。
 しかし、ここで今一度手を伸ばせば、あるいは……。

 まわるは今一度、その手の財布にぶら下がる小さなテディベアを見つめた。いじらしくこちらを見上げるつぶらな瞳が、心なし寂しげに見えた。

「ふぅーーー……」

 心を整えるように、まわるは深呼吸をした。周囲が固唾を飲んでまわるの様子を見守る。
 今、まわるは周囲の期待を背中にひしひしと感じている。外してしまえ、なんてイジワルな期待もあるだろう。心音が高鳴る。UFOキャッチャーにお金を入れる。ポップな電子音楽が愉快に流れる。音色をなぞって口ずさむ。不思議と勇気が湧いてくる。レバーを駆使して位置を決めて、ボタンを押す。ゆっくり降りてくるクレーンアームがテディベアを捕える。上がっていく。希望を乗せて、アームが揺れて、そして。

「…………とれた」

 振り返る。勇士たちが破顔する。

「とれたぞぉーっ!!」

 景品の取り出し口から取り出したテディベアを天高く掲げて、高らかに宣言する。その日、何らかのイベントをしているわけでもないはずのゲームセンターから、熱狂の渦から生まれた。
 そして、まわるは店員さんにすごい怒られた。

シナリオ:yuu
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